最近では、富士登山のマナー違反などが多く、ニュースになっていますが、ルールを守れない人が多いんですね。
今では安全対策も充実し、登山環境は大きく変わりました。
実は、私たちが登ったころは
・弾丸登山が普通だった
・山小屋は利用しなかった
・フィルムカメラだった
・今のようにスマホもGPSもない
・現在は気象観測所ドームがない
など これがルールとは言いませんが、状況が違いすぎますね。
2回目の富士登山
富士山に登った時の思い出話などをしていたら、友人たちが登りたいから経験者として案内してくれと頼まれてしまいました。私もあの景色がもう一度見たいなと翌年に登ることになりました。
私も1回しか登ってませんので、それ程詳しくはありませんでしたが
・水が飲みたくなる(当時はペットボトルもありません)
・寒いので防寒着が必要(当然ヒートテックなどありません)
・景色の記録が欲しいので、8ミリカメラ(スマホの動画撮影などありません)を持っていく
・火山礫で足元が滑りやすく、金剛杖があるととても助かりました。
などなど偉そうに言って準備して、土曜日の仕事終わりに車で富士山5合目に向かいました。
午後7時頃に到着しましたが、9時頃まで仮眠をとりました。
4人で登ったのですが、水のタンクを背負う人、撮影担当などと分担し、私は8ミリカメラ担当になりました。
午後10時いよいよ出発です、翌朝4時頃山頂到着の予定でした。
山小屋と登山道
当時の山小屋は狭く、仮眠をとるにも隣の人とぶつかり寝返りがうてない状況でしたので、4人が利用することは考えませんでした。4人とも若くスポーツマンでしたので、ある程度体力には自信がありましたね。(よくテツマンをしていた仲間)
登り始めは下りからスタートし、なだらかな登りになります。登山道も広く余裕のスタートなのですが、途中から道幅は狭く、足を踏み外したら柵もありませんので、滑り落ちてしまう登山道を登ります。
そのうちに岩場を登るところもあり、一人づつ登るため渋滞になります。確か7月の夏休みに入ったばかりでしたので子供連れも多くいたように記憶しています。
8合目の山小屋を通過する際、外まで人があふれていました。この時点で予定を大幅に遅れていましたね。
9合目に到着した時には、周りは明るく、山中湖や河口湖がきれいに見えていました。
このままではご来光を山頂で見るのは難しくなっていました。
その時、「もうすぐです頑張りましょう」と声をかけて登っていく人たちと出会いました。その団体は自衛隊の方々でした。

その後ご来光は、頂上手前の鳥居付近で見ることができました。
今は8合目の山小屋に宿泊し、約2時間で山頂を目指す人が多いようですが、山小屋もきれいになり快適に過ごせますので、是非そうしてください。



ストックよりも木の棒「金剛杖」
1回目に登った時に、多くの人が木の棒「金剛杖」を持っていたので、今回は5合目で全員が購入して持って登りました。
金剛杖とは、富士山登山限定で八角形の形をした木の棒です。
登るのにも降りるのにも大活躍です。また途中の山小屋で焼き印を押してもらうと記念になりすよ。
あっという間の下山
登りは約8時間かかりましたが、下山は2時間かからなかった記憶があります。
須走滑走(現在は出来ないそうです)は砂の上を駆け降りるのです。だいたい1歩が5mくらいになり、止まるときには転びます。そのかわり砂埃がすごいのと砂まみれになりました。


でも走りますので結構疲れましたね。


5合目から頂上を見ると近くに見えるんですがね。

5合目に戻ってきたときの写真です。後ろに映っている車は懐かしいかたちをしていますよね。
私はこの2度の富士登山は、一生忘れられない思い出と写真の世界に入るきっかけを作った大切な経験です。
今でも富士登山解禁や事故などの話題が出ると、思い出される記憶です。
50年前の富士山は、写真だけでなく、当時の登山文化そのものを思い出させてくれる大切な記録です。
これから富士山に登る方にも、昔の富士山を少しでも感じていただけたら嬉しく思います。
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